あがた森魚の今週の日記より紹介してまいります
チチオヤテキナモノ
@■2011年09月27日(火)
「チチオヤテキナモノ」
「チチオヤテキナモノ」に対するコンプレックス。世にいうインフェリオリティコンプレックスは絶大なものです。
例えていえば、今般の中村とうよう、ないしは内田裕也、ないしは林静一。
彼らは、僕自身にとって父親にあたる存在なのか、あるいは兄貴分にあたるのか。
稲垣足穂、坂口安吾、谷崎潤一郎、辻潤といった文士たち、ディラン、イーノといったミュージシャンたち、ブルトン、エルンスト、ボルヘスといった先達たち。
僕自身は彼らに敬意を表しつつ、しかし彼らをどう超越するのか。
彼らにむくいるためにも、彼らをどう超越するのか。
それは、僕一個人としての相克としてのみならず、
現代人は「チチオヤテキナモノ」と、
向きあうことができているのか?
今朝、それは近代テクノロジーとの相剋にも似ていると思った。
20世紀から今世紀にかけて地球上を覆う近代テクノロジーと、
ボクラはどう対話できるのか?
彼等は、絶対的「チチオヤテキナモノ」なのか?
それとも兄貴なのか、あるいは自分よりも若い弟分なのか。
言葉を交わせる相手なのか!
i-phone5も出るらしいけど。
どういう言葉を交わせる相手なのか
と、いつか日記のかたすみに書いておこう。
今日は、午後から、
川口、メディア7にてレコーディング。
午後、8時から、
越路よう子、桃江メロンの進行で、
「あがた森魚 地理B」第三回。
謙虚に、さりげなく語れるところが
気持いいな。
無邪気すぎるけど、ついでに書いていおくと、「エデンの東」から「スターウォーズ」にいたる父親希求は、永遠の課題、永遠の相克。作家アーネスト・へミングウエイは、数奇な人生で知られるが、拳銃自殺した父親を近親憎悪し相克せんとするが、自身も同じ道を歩む。
偶然だけれど、歌舞伎の市川猿之助と子息の香川照之40年もの歳月をへて和解し、香川照之がはじめて歌舞伎の舞台に立つというニュース。いかにも日本人好みの父子ものでしょうか?
でも、香川照之は、今日本で一番実のある俳優ではなかろうか。
父子の相克は、なにを継ぎ、何を生んでいくのか?